未経験歓迎の IT 求人を見ていると、「SES」という言葉に必ず出会います。良い悪いの話は多いのに、何の契約で、誰の指示で働き、求人票のどこを見れば分かるのかを公的な資料で説明したものは少ない。 この記事は、厚生労働省・経済産業省・業界団体の資料に書かれていることだけで、SES を説明します。
定義:客先に常駐し、工数で報酬を得る委託契約
厚生労働省の「IT・デジタル人材の労働市場に関する調査」(2024年3月)は、SES をこう定義しています。
「SES(System Engineering Service)」とは、システム開発における委託契約のひとつであり、エンジニアがクライアント企業に常駐し、業務内容や工数に基づいた報酬額が支払われるような契約形態を指す
ポイントは3つです。委託契約である(雇用や派遣ではない)、客先に常駐する、成果物ではなく工数(作業時間)に対して報酬が払われる。 同じ資料は、SES を SIer(システム開発プロジェクトを受注する企業)と並ぶ「企業区分」の一つとして扱っています。
出典: 厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する調査」令和6年3月 PDF p16 注5(2026-09-16 確認)
派遣と何が違うか:指示を出すのが誰か
SES は多くの場合「準委任契約」で結ばれます。経済産業省のガイドラインは、IT 業界の取引を請負・準委任・派遣の3類型に分け、準委任をこう説明しています。
受注者は仕事の結果(完成物)に責任を負う必要はありません。一般的に、業務処理に費やす工数(作業量)に対して対価を支払います。請負契約と同様、発注者は受注者の作業者に対して、指揮命令することはできません
つまり準委任(SES)では、客先の社員がエンジニアに直接指示を出してはいけない。指示は所属会社が出します。客先が直接指揮命令できるのは派遣契約だけです。
厚生労働省は、契約の名前ではなく実態で判断すると明言しています。
委任、準委任も同様であり…実態として、発注者と受注者側の労働者との間に指揮命令関係がある場合には、その契約の形式を問わず、労働者派遣事業に該当し、労働者派遣法の適用を受けます
この状態、つまり「請負契約等の形式をとりながら、実態として発注者が受注者の雇用する労働者に対して直接具体的な指揮命令をして作業を行わせている」場合を、厚生労働省は偽装請負と呼び、労働者派遣法違反としています。
| 準委任(SES の多く) | 請負 | 派遣 | |
|---|---|---|---|
| 報酬の対象 | 工数(作業量) | 完成物 | 労働時間 |
| 客先からの直接指示 | 不可 | 不可 | 可 |
| 完成責任 | なし | あり | なし |
| 根拠法 | 民法656条 | 民法632条 | 労働者派遣法 |
出典: 経済産業省 情報サービス・ソフトウェア産業における中小受託適正取引等の推進のためのガイドライン p65〜67/厚生労働省 37号告示関係 疑義応答集・第3集 PDF Q1(2026-09-16 確認)
なぜ未経験の求人に多いのか:業界の構造
「SES は未経験の入口として多い」と言われますが、SES で働く人の数を直接示す公的統計はありません。分かるのは構造です。
- 経済産業省のガイドラインは、この業界を「多重かつ不透明な請負関係が一般化しており」と書いています
- 経済産業省の委託調査(2017年、405社)では、回答企業の5割超が下請けで、最も多い契約形態は請負 58.8%、準委任 26.4%、派遣 10.4% でした。二次下請けでは準委任が 50.0% と最多です
- 業界団体 JISA の基本統計(2024年版、300社)では、主たる業務は「ソフトウェア開発(特定ユーザー向けのオーダーメイド型)」が 48.0%、SI サービスが 26.0%、自社プロダクトは 2.0%
- IPA の集計では、日本の IT 人材の 73.6% が IT 企業に所属し、ユーザー企業側は 26.4%(米国は IT 企業 35.1%)
つまり日本の IT 人材の大半は受託側の企業にいて、その受託の多くが下請けの階層で、階層が深いほど準委任が増える。未経験者が最初に入る求人がその階層に集まりやすいのは、この構造の帰結です。
一方で、厚生労働省の調査で「未経験を育成枠で採用している」と答えたのは元請けの SIer(B社・C社)で、最終下請けの SES 企業(D社)は「新卒の未経験者では受注が難しく、また、3年程度の研修を積ませることが必要だが、その間給料を支払い続ける企業体力もない」と、未経験を採れていないと答えています。 「SES=誰でも入れる」ではなく、会社の階層と体力で採用方針が分かれる、というのが資料から読める事実です。
出典: 経済産業省 上記ガイドライン p3/経済産業省 平成28年度 情報サービス・ソフトウェア産業における下請取引等に関する実態調査 p49・p54(数値は要約)/JISA 基本統計調査 2024 p13/IPA DX白書2023 追補(2023-03-16)/厚生労働省 上記調査 p76〜79(2026-09-16 確認)
求人票で見分ける:2024年4月からの明示ルール
2024年4月1日から、求人票と労働条件通知書に**「就業場所・業務の変更の範囲」を書くことが義務**になりました(職業安定法施行規則第4条の3、労働基準法施行規則第5条)。 厚生労働省のリーフレットは、就業場所を「労働者が通常就業することが想定されている就業の場所」、変更の範囲を「今後の見込みも含め、その労働契約の期間中における就業場所や従事する業務の変更の範囲」と定義しています。
これを使うと、求人票から次のことが読めます。
- 「就業場所(雇入れ直後)」と「(変更の範囲)」の2段で書かれているか。2024年4月以降の求人はこの形が原則
- 変更の範囲に「クライアント先」「会社の定める場所」「プロジェクト先」とあるか。客先常駐の可能性を示す。リーフレットは「会社の定める営業所」のような書き方を許容しつつ「できる限り明確に」と求めている
- 業務の変更の範囲に開発以外(運用・監視・ヘルプデスク等)が含まれるか。入口の職種と、その後の職種が違いうる
- 紙面の都合で書ききれない場合も「原則、面接などで求職者と最初に接触する時点までに、全ての労働条件を明示する必要」があるので、面接で「常駐先はどこか」「指示は誰が出すか」を聞いてよい
「勤務地:プロジェクト先による」とだけ書いてある求人は、この改正後の書き方としては情報が足りません。変更の範囲を確認するのが、資料に沿った読み方です。
出典: 厚生労働省 2024年4月から労働条件明示のルールが変わります・リーフレット PDF p3〜4/求人企業向けリーフレット PDF p1〜2(2026-09-16 確認)
ここまでで言えること
- SES は「客先常駐・工数で報酬・準委任」の契約形態。客先からの直接指示は法律上できない
- 契約の名前に関係なく、客先が直接指揮命令すれば偽装請負として派遣法違反
- 日本の IT 人材の 73.6% は IT 企業側にいて、その業界は多重下請けが一般化。未経験の求人がその階層に集まるのは構造の帰結
- ただし最終下請けの SES 企業は「未経験を採る体力がない」と答えており、採用方針は会社の階層で分かれる
- 2024年4月以降の求人票は「変更の範囲」を見れば常駐の有無が読める
未経験の入口としてどの職種が多いかは求人サイトの件数を数えた記事に、相談先の条件は相談先診断にまとめています。
この記事は公的機関・業界団体の資料の記述だけで構成しています。個別の会社の契約形態は求人票と面接で確認してください。